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終わったよ

明日の科目は記念受験だから、今からツンデレについて小論文書くよ。

いろんな方がツンデレ談義に参加してくれていますが、私は雄山に関してはもう、おいしんぼを読んだのが10年以上前ですので、記憶が怪しいです。ただ、私が大学3年の時に所属していたゼミの教授は、「初期の雄山はツンデレというより人格破綻者だ」という説を支持していました。それってどうなの。
私のおぼろげな記憶では、雄山は栗田さんにデレることで、山岡に素直に向き合えない自分をごまかしていたように思います。そして栗田さんの雄山操縦術のレベルは星3つだった気がします。恐るべき嫁です。
あとすみません、バキは読んでません…弟が面白いと言っているのですが、なかなか読む機会がありません。

ツンデレの定義とか、ツンデレの例示についてはなんか以前もさんざん書いた気がしますので、やめておきます。そうではなく、多分みなさんが一番気になっているであろう、「ツンデレキャラクターはなぜ人気が出るのか」について私見を書こうかと思います。


結論から言うと、ツンデレとはすなわち物語におけるカタルシスです。
ずっとツンツンしていたキャラクターが主人公に対してデレるというのは、相手の立場の変換を表しています。こと少年漫画においては、主人公が悪を打ち倒すことに一番のカタルシスが生じます。しかし、敵が完全な悪でなかった場合、打ち倒してしまうと逆に後味が悪くなることがあります。これを防ぐために、「和解」という手法が取られます。主人公が敵と和解するという形で戦いが決着し、後味もすっきりとしたEDを迎えるわけです。
ツンデレもこの和解パターンと同じであると考えます。少女マンガなどでは、主人公と相手は敵対関係にないわけですから、相手を殴って倒してEDということはないでしょう。そこで、相手が「デレた」という形で、EDを迎えるわけです。

相手役男子に限らず、とりあえずツンデレキャラクターが好きな人もいます。私です。ツンデレ大好き。ツンデレキャラがひとりもいない作品はちょっと寂しいです。作品そのものについてはまあ、面白ければ何でもいいんですけど、いわゆる「キャラクター萌え」的なものは、私の場合ツンデレキャラが多いです。
ですが、私のような趣味を持った方は、今非常に多いです。そうでなければ、最初の「ツンデレキャラクターはなぜ人気が出るのか」という問いが成立しません。
ここからは経験上の話ですが、ツンデレが好きな人と言うのは、「こいつはいったいいつデレるのか」という期待を常に抱きながらそのキャラを観察し、そしてデレた瞬間にカタルシスを感じるものだと思います。
このカタルシスは、はじめから素直なキャラクターには存在し得ないものだと思います。この特殊性ゆえにツンデレキャラは人気があるのではないでしょうか。
まあツンツンしている様子が素直じゃなくて可愛いというのも確かにあります。「ツンデレにデレはいらない」と発言する人もいます。しかしやはりツンデレの真髄は、ツン→デレへの移行のその瞬間にこそ
あると思います。「お前がナンバーワンだ」に感動しない人はいないと思います。

とまあこんな感じなのですが、もともとこの記事を書こうと思ったきっかけは、先日も書いたとおりhatさんの記事からなので、hatさんが問題にしていた「少女マンガとツンデレ男子」についても書いておこうと思います。
恋愛をテーマにした少女マンガの場合、相手役の男性キャラクターにツンデレが多いのは、少女マンガにおけるラスボスが相手役男子そのものであることに由来します。少年マンガにおいては「敵を倒す」とエンディングですが、少女マンガにおいては、「相手とくっつく」とエンディングです。となると、起承転結の結以外の部分は、戦いなわけです。少女マンガにおける戦いと言うのは、相手との駆け引きにこそあります。主人公に感情移入する読者としては、相手の考えがわからなくてハラハラするくらいがちょうどいいのです。
これが、相手が素直でわかりやすい男子で、最初は主人公に無関心だったけど、実はいい子だということがわかったので好きになっちゃいました、なので告白してあっさりハッピーエンドでは、フィクションとしてあまりにもつまらないです。
少女マンガではエンディングまでの障害として、「ライバル」とか「家の事情」とか「相手の事情」とか、様々なものが用意されます。そして、主人公や相手役の内面そのものに障害を設けようとすると、たいてい「鈍感」または「素直じゃない」のどちらかになります。最近流行りの「君に届け」あたりでは、主人公が病的ともいえる鈍感ぶりを発揮しています。かの有名な「セーラームーン」でも、初期のタキシード仮面様は非常に素直じゃない性格で、うさぎに会うたびに憎まれ口を叩きまくっていました。このあたりのキャラクター作りは、少女マンガにおける鉄板ではないでしょうか。

つまり、少女マンガにおけるツンデレは、ラスボスの一類型なわけです。物語の中で、素直じゃないながらもたまに見せる優しさや、あまりにも素直じゃないひねくれた発言に、主人公と読者は一喜一憂します。そして最後に、自分の中のツンを乗り越えて主人公に対しデレる。これがエンディングです。
このような形が物語の起伏の基盤になります。この起伏をどう料理するかは、作者次第です。

と、書いてきましたが、正直このような形態は、少女マンガの世界においてはもはや古典になりつつあります。私は読んだことがないのですが、「イタズラなkiss」あたりが、このタイプの金字塔らしいです。私の友人達は、入江君のツンデレはすさまじいと口を揃えていいます。
なぜ古典扱いなのかと言うと、今時の少女マンガは、キャラクターの内面にある障害よりも、外部での障害を重視して物語を構築する傾向にあるからです。本当は両思いだけど敵同士だから、家庭環境のせいで、友人関係のせいで、etc.といった理由でくっつけないというパターンが非常に多くなったように思います。
こう考えると、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」への回帰というか、シェイクスピアってマジですごいですね。
でも最近はまた、鈍感orツンデレが主役の古典的なマンガのほうがウケる傾向に戻ってきているかもしれません。

マジメに文章書いたら疲れました。明日もてきとうに文章書いてこようと思います。

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